2021年の気持ちの良いとある秋の日、キンモクセイの濃厚な香り漂う大阪府河内長野市内に伺いました。
喧騒からは程よい距離感、落ち着いた閑静な街並みの一角にある井上さんのご自宅のすぐ近くには、おそらくこの町内で大切に保存しておられるのであろう「だんじり」の小屋もありました。
ガレージの有効利用から始まった日曜大工ライフ
井上佳佑さん。
日曜大工クラブ入会は平成26年1月。
現在クラブ会計として役員業務も請け負って下さってます。
落ち着いた柔和な語り口が、お話を伺っててとても心地よいお人柄です。
日曜大工クラブ入会のきっかけは?
「かつてこの近所にあった木工教室のようなところで知り合った方がクラブ員でして、その方に誘われて入会させてもらったのです。」
では、入会する前から木工は楽しまれてたのですね?
「見よう見まねでやってはいました。単純な『縦・横』の部材だけで出来てるような机とかね。
ここ(このお話を伺っているご自宅横の工房)は以前ガレージだったのだけど、そこで何かやりたいな、木工なんかどうかなと思って、作業するときは自動車を外に出して…というスタイルで木工をやり始めたのが、20年くらい前かな?
以来すこしずつ機材など揃えていくうちにガレージが老朽化したので小屋に建て替えて、現在の様子になりました。」
今はまさに木工ファン垂涎の理想的環境とお見受けしますが、最初はガレージの片隅から始め、必要に応じて徐々に拡充してこられたのですね。
ひとつの趣味をこつこつと長年継続してこられたその時間の重厚さと、井上さんの木工への真摯な姿勢が伺えます。
きっかけは『ペットボトルロケット』!?
20年ほど前から木工を楽しまれておられるとのことでしたが、もともとものづくりに興味がおありだったのですか?
「きっかけとしては、かつて大阪で行われていた『DIYショー』かも知れません。
確かインテックスあたりだったと思うのですが、たまたま家族と遊びに行って、『ペットボトルロケット』を作ろう!っていうのに参加したのです。
発射台やロケット噴出口などを貰えたので、帰ってからまた子供たちと一緒に作って飛ばして、おおいに盛り上がったものです。そのとき、あぁ、自分で作るってええもんやなぁ…ってね」
それがきっかけで『ものづくりDIY』に目覚めた、と…
「いやいや、そのころはまだまだ子育て真っ最中。休みの日は家族と一緒に外へ遊びに行ったりするのに忙しくて。だから、独りで木工に打ち込み始めたのはやっぱり子育てがひと段落した20年くらい前ぐらいからですね。
ただ、その時のペットボトルロケットの工作で子供たちがとても喜んだ経験は、その後もずっと心のなかに残っていたのでしょうね」
クラブは親睦と切磋琢磨の場
それでは井上さんの最新作を拝見致しましょう!
歯車を幾重にも重ねたようなフォルムが特徴的なバスケット。幾何的なラインのシャープさの中に、折り重なる曲線のリズムと木の質感による暖かさが同居する、とても魅力的な逸品です。クラブの今年のテーマでもある『合わせ木』の手法も効果的に採用され、モダンなムードを纏っています。
細部まで丁寧な刷毛塗りウレタンニス仕上げも含め、出来上がりまでに費やされたであろう手間の多さ、こめられた精魂の濃度に圧倒されます。
これはものすごい労作ですね!
「クラブでは毎年恒例で糸鋸盤の講習会が行われるのだけど、4年くらい前の回かな?教えてもらった手法です。もっともいまどきの人はこういうデザイン、パソコンのCADで簡単に描くのだろうけど、私はそんなん使わないから分度器とコンパスと丸定規でいっこいっこ描いてね」
『合わせ木』の技法も効果的に取り入れておられますね!
「そうそう。仕上がりをイメージしながらまずは合わせ木で一枚板を作って、それを糸鋸盤で下書き通り抜いていくのだけど、抜き始めの穴をいかに目立たなくするかが難しかったね」
一枚の板から複数の歯車型を同心円状にくり抜き、ひと山の半分だけオフセットして重ねることで木製バスケットが出来上がります。
素材として準備される合わせ木からの歩留まりも高そうで、その意味でも優れてecoなデザインだと感じました。
なにより、4年も前の講習会のテーマをこうして地道に反芻し、自分の技術として昇華なされてる姿勢に、強く感銘を受けます。当日教えて下さった講師の方にとっても、きっと冥利につきることでしょうね。
こんなに楽しく有意義な講習会が、クラブでは定例で行われているのですね!
「そうなんですよ。糸鋸盤のほかにも刃物の研ぎとか、毎年年末には干支置物の彫り物とかね。なにしろ各方面で腕の立つ会員さんが何人もいらっしゃるから、クラブに居ると学びには本当に事欠きません」
井上さんにとって日本日曜大工クラブは、なにより『学びの場』である、と。
「この歳になると毎日出勤する訳でもないし、近所づきあいといってもごく狭い町内だけ。ほっとくと活動の範囲も濃度もどんどん希薄になってしまいます。でもクラブに行けば、同じ趣味を楽しむ仲間たちに会えます。それも近隣地域だけじゃなくて滋賀やら奈良やら北神戸やら、中には遠く宮崎から駆けつけてくれる人までおられる。そんな仲間たちと、ときには冗談や軽口を交えながら和気藹々と話すのが何より楽しくて。そして更にお互いに切磋琢磨しながら、ちょっとした製作のコツなんかを教えあったり。
インターネットでは決して得られない、そういう暖かな人間関係を楽しめる場所ですね、私にとって『日本日曜大工クラブ』は。」
大変失礼ながら、そのお歳にしてそれほどまでに旺盛な活動意欲と向上心を保ち続けておられる、その秘訣のようなものはあるのですか?
「クラブにはとにかく凄い人がいっぱいいて、あぁ、あの人たちにもっと教えてもらいたい、あれも知りたい、これも訊きたい…と、とにかく好奇心がくすぐられます。これまで自分が知らなかった世界を垣間見ることができます。そんな私の強い好奇心が、ひょっとしたら秘訣なのかも知れませんね」
今後のクラブに求めること
クラブ作品展のテーマ、今年(2021年)は『合わせ木・寄木』と『おもちゃ』でしたが、来年はどのようなテーマを希望なさりますか?
「作品展テーマ、というのとは違うかもしれないけど、飾り襖や障子なんかに見られる『組子』にはいつか取り組んでみたいですね。小さなコースターとかでも構わないのだけど、それでも必要となるパーツが多くなるので、いざクラブ全体でやるとなると教えて下さる方への負担が大きすぎるかも。
例えば例会以外の活動として、どこか別の場所で、希望してその日集まれる数人が集まって…という形でも良いかもしれません」
月例会以外の活動というのも良いですね!
「クラブの活動として、月に一回の例会や年末の作品展や恒例の講習会などは、長年の活動の中で定まったいわば『レール』というか、クラブを一本の樹になぞらえると『幹』のようなもの。
その『幹』を今後も枯らさぬよう大切に育て続けるためには、『幹』のまわりに青々と茂る小さな『枝葉』のような活動もあっていいと私は思うのですが…どうでしょうね」
枝葉を無くした幹は枯れる。名言です。
コロナ禍がなんとかこのまま落ち着いて、そんな楽しい企画も実現していけたら素敵ですね!
工房の一角では、お孫さんのために製作なされたという美しくも愛らしい作品の数々が無事その大役を終え、この工房に里帰りし静かに佇んでいました。
中にはお孫さんとの共同制作作品も。
「これなんか、もう捨てるに捨てられんよ(笑)」
終わりに
終始なごやかに穏やかに、照れくさそうなはにかみさえ交えながらインタビューにお応え下さった、井上さん。
ほんの時折、ふっと思いつめたように静かな表情の中から繰り返し語られたのは「どうかみんな仲良く、和気藹々と」という想いでした。
それがまるで、静謐な境内で独り手を合わせる祈りにも似た声のように筆者には響いてきた、今回のインタビューでした。
(2021/11/1 文・とりい)
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